満洲のこだわり
 懐かしい写真をお客さんから戴いた
これは東京オリンピックの年の写真である。本当に懐かしい写真です。新所沢の緑町4丁目今でも建物だけは健在です。満洲里、一番最初に付けた屋号です。中国の満洲里から取った屋号です。この後に付けた屋号は満洲飯店でした。現在のぎょうざの満洲に成ったのは今の本店新所沢駅前店新築オープンの時からです。この当時から餃子には力を入れ早起きして餃子の仕込をしたのを覚えています。私は餃子包みは余りお得意でなかった事が幸いし、其れから間もなくして餃子のマシンを導入しました。その当時でも餃子は一人前6ヶ付で80円で販売したことを覚えております。
 
  親父さんは満洲帰りかいとお客さんに良く聞かれる
私の顔はあちらむきかもしれません。笑う!なぜこの名前を付けたか説明します。私は昭和11年生まれ、昔の人ならあまりめずらしくもなかったが、私より10歳位年上の人は徴兵制度でしたので兵隊帰りの人が以外に多いいようでした。中でも満洲帰りの人が多かった。中国の北の方のロシアとの国境付近のこと。たまたま私の兄が満洲からの復員兵で、満洲での生活が長かった。兄に良く聞いた食べ物が餃子の話でした。今の形とはだいぶ違うようですが保存食として、主食のような、何処の家庭でも、日本で言う、おやつのように、いつでもそこにあるような食べ物だったそうだ。そんな事を、聞きかじって居た事を思い出して、日本でもいつかきっと毎日食べるようになると思っていました。 ひょんな事から中華に興味を持ち始めたのが東京オリンピックの年でした。中華と言えば兄の話の中から良く聞いていた、満洲の言葉でした。中華と言えば満洲〜何も迷わず屋号に満洲とつけてしまいました。
 3割りうまい?
 
お客さんに割りうまいってこの言葉は何を意味するの?
 こんな質問を良く受けるので単純に三割、美味しく作って食べてもらおうと思い、宣伝のつもりで受けやすい言葉を探して付けたつもりでしたが、商売が大きくなるにつれそれなりの理屈付けをしなければならず、一番先に考えついた・三割・うまい・やすい・元気・でした。今から20年ほど前はこれが大受けでした。今ではこの「三割うまい」を合い言葉に「安くて美味しい食事が、安心して食べられる店」を会社の基本理念として営業しております。
ぎょうざの満洲 社歌

『わたしたちには夢がある』
作詞 池野谷ひろみ

わたしたちには 叶えたい夢がある
それは毎日食べたい おいしい餃子
だから いつも新鮮作りたて
笑顔あふれる 明るいお店
うまい 安い 元気で 三割うまい!
ぎょうざの満洲

わたしたちには 届けたい思いがある
それは誰もが幸せ おいしい餃子
だから 農家のみんなと安心食材
全て自家製 よい環境で
うまい 安い 元気で 三割うまい!
ぎょうざの満洲